赤いドレス

赤いドレス

タンスにかかった真っ赤なドレス。

死を待つ母が着古した地味な服の中で、それは、赤く開いた傷口のようだった。

家族からの知らせに私はかけつけた。横たわった母を見ると、もう長くはないことを知った。

タンスの真っ赤なドレスに気づいて、「母さん、きれいなドレスね。でも、着たのを見たことがないわ」と言った。

「一度も着たことがなかったもの………」と母はゆっくり答えた。

「ミリー、お座リ。母さんは死ぬ前に、言っておきたいことが二、三あるんだよ」

私は母のベッドのそばに座った。母は、深い深いため息をついた。「お迎えが近づくとね、いろんなことがわかってくるんだ。お前にいろいろ教えてきたよね。でも、みんな間違いばかりだった」

「どういうことなの、母さん?」「つまりね、母さんはずっと、思い違いをしてたってことなんだよ。良い女性とは、自分のことを先に考えないものだってね。何をしても、いつも人のためばかり。あれをしても、これをしても、いつも人の世話ばかり。自分のことは、いつも一番後まわしなんだからね」

「そして自分の番が、いつかやってくるだろうって思っている。でも、もちろん、やってきやしない。母さんの人生はずっとこうだった。いつも父さんのため、息子のため、お前の妹たちのため、そしてお前のためってぐあいにね………」

「でも…母さんは、母親としてできるだけのことをしてくれたじゃないの」「ああ、私のかわいいミリー! それではいけなかったのよ。お前たちのためにも、そして父さんのためにもね。

わからないのかい? 母さんがしてきたことは、ちっともお前たちのためになってやしないのだよ。自分のために何かを欲しいなんて、言ったことがなかったもの…」

「父さんが隣の部屋にいるけれど、途方にくれて、ただ壁を見つめているだけ。

お医者さんに母さんのことを言われて、ショックだったのね。

ベッドのそばに来ても、私のことじゃなく、自分のことばかり心配しているんだから。

『死ぬんじゃないぞ! 聞こえるか? この先、わしはどうなってしまうんだ!?』ってね」

『この先、どうなるか』ですって? そりゃあ、きっと大変でしょうね。

フライパンだって自分ひとりじゃ見つけられないんだからね」

「それに、子どものお前たちだって…母さん、いつも、どこでも、お前たちから使われっぱなしだった。毎朝、まっ先に起きるのも私だったし、毎晩、一番あとに寝るのも私だった。こげたトーストを食べたのも、一番小さいパイを取ったのも、いつも私だった」

「それに、お前の兄さんたちときたら…あの子たちのお嫁さんの扱い方には、まったく気分が悪くなるよ。

何てことだ! あんな風に教えてしまったのは、この私なのだから。

あの子たちは、女なんて、人の世話をするためにだけ生きてるって、思っているんだからね」「まったく、私は今まで何をしてきたんだろう!?

ほんのわずかのお金だって節約して、お前たちの洋服だとか、本だとかにあててきた。

そんな必要がないときでもね。

街に買い物に出かけて、きれいなものを自分のために買ったことなんか、まるで思い出せやしない」「後にも先にも、去年あの赤いドレスを買ったきり。その日、母さんは手に二〇ドルもっていた。何に使うか特に決めていなかったのだけど、とりあえず洗濯機の支払いにでもあてようかと出かけたのさ。それがなぜだか、家に帰るときは大きな洋服箱に変わっていた。

そのときの、父さんの嫌味ときたらなかったさ。

『そんなもの着て、どこに行くつもりなんだ。オペラにでも行くのかい!?』でも、父さんの言う通りだったかもしれない。

買った店で一回着たきりだもの……」「ああ、ミリー! 母さんはね、この世で何も望まなければ、あの世でなんでも手に入るって、いつも思っていたんだよ。でも、もうそんなことは信じてない。

私たちが、今ここで欲しいものを手に入れることこそ、神の望まれていることだって、考えるようになったんだよ」

「ミリー、よくお聞き。もし、今奇跡が起きて母さんが元気になって、このベッドからいなくなったとしても、お前は私を見つけることができないだろうよ。なぜって、母さんはまるっきり違う女になってるからね」

「ああ!なぜこんなに長いあいだ、自分のことを後回しにしてきたんだろう!?」

いざ自分の番が来ても、どうしたらいいかわからないかもしれない。でも、そのうちコツを覚えるさ。ミリー、母さんはきっと変わってみせるからね」

タンスにかかった真っ赤なドレス。死を待つ母が着古した地味な服の中で、それは、赤く開いた傷口のようだった。

「ミリーや、母さんみたいにはならないって、約束しておくれ」それが、私への最期の言葉だった。

「母さん、約束するわ」母は安堵したかのように、息を大きく吸うと死の世界へ旅立っていった。

作者不明キャサリーン・コリンソン博士寄稿